=== memo ===

こつこつ読書感想文📝

2019-5-25に思うこと

前回書いたのは、スウェーデンに行く前だったのね。

 

冬のスウェーデン、とても素敵でした。友人が住んでいるボーデンは自然が豊かで、天気にも恵まれて、どこまでも白くて、しんとしていた。音楽も雑音に感じてしまう感じ。しんと静かなのをずっと味わっていたくなるような。

オーロラも魔法のようだった。夜空で、ゆらゆらと揺れて色が変わる帯。

あんなの見れるんだもん、神話も生まれるだろうし、奇跡だって信じられちゃうよ。

行ってよかった。

飛行機合計15時間、行きの2回目の乗り継ぎはつらすぎて半べそだったけど。

(帰りはストックホルムに1泊したので、全然つらくなかった)

日本に帰ってきて、街の広告の文字数とか情報量の多さに驚いて、そして少し安心した。生まれ育った国の親切丁寧なうるささよ!スウェーデンは目にも耳にも静かだったわあ。

 

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今日現在、休職5日目です。

自分でも、えー!!?って感じ。まだ、ぼんやりしてる。だから書いてる。

いやあ、まあ、前回のブログ読んでも解るけど、なかなかハードだったんですね、仕事。ぎりぎりこなせてる感じだった。

けれど、チームからベテランの方が抜け、その人から引き継いだ方も即抜け、自分だって半人前なのに、新人ふたりにトレーニングしながら、タスクもこなしながら、プロパーさんに怒られながら、休みの日もずーっと仕事のことを考えてて、なんなら休日に平日のために少し家でも作業していたら、来る月曜「適応障害で1ヶ月休職」との診断書を頂きました。ぎりぎりで走っていたら、パンクしました。

自分でもびっくりよ。

なんて軽い感じに書いているけれど、まったく軽くはなく、正直今もまだそれらの症状に引きずられている感じ。

休職になった経緯だけ書くと、先週末たまたま友人が来ていて、仕事しんどすぎる落ち着いたら辞める…なんて話をしていて、月曜の通勤中に不安感と倦怠感で吐きそうになり、友人にそのことを伝えると「それは大丈夫じゃないから休んだ方がいい!」とメッセージが来て、涙腺崩壊、途中下車したらさらに涙と震えが止まらなくなり、自分でも「これはおかしい。普通じゃない。」と気付き自社営業に泣きながら電話して休みを貰って、その足で心療内科を受診。(現場には、申し訳なくて自分では連絡ができなかった。反応がこわかった。)

その時は、休職なんてことは頭になく、この不安感や倦怠感が消える薬が貰えるのではないか?って思ってた。薬を飲んだら、不安感を払拭した強い自分になって、仕事に立ち向かえるのでは?って考えていた。

実は、その前の木曜日も頭では「仕事行かなきゃ、わたしが行かなきゃ仕事がまわらない、迷惑かけちゃう」って思いながらベッドから起き上がれないなんてことがあった。(その日は午前休を貰って、午後、どうにか出社した。会社のデスクに座ると、やるしかない!という気持ちになってなぜか大丈夫になる。)

先生曰く「心では、つらい・嫌だと思いながらも、頭と体でそれをこなしてる状態。一致していないから、そういう症状になった。」とのこと。

原因は明らかに仕事だから、薬よりもゆっくり休んで仕事のことを考えないようにしたらきっとよくなる、と、1ヶ月休職が必要との診断書を書きます、と言われた。

わたしとしては「え、診断書なんて代物、こんな一回の受診で貰っていいの?」だし(先生にもお伝えしたら、回数の問題ではなく早期対処が必要な状態だと)、「そもそも休めないよ!」という気持ち。

どうしよう、どうしようと思いながら、病院を出て、営業に連絡。実情を伝えた。

診断書って効力強いんですね。そのまま休職することとなりました。

あんなに「わたしが行かなきゃ」って思ってたのに。あっさり。そんなもんだよね。

 

で、今5日目。

まずは、なんでこんな風になってしまったんだろう?そして、どうしたら防げたんだろう?何を持って完治と呼べるんだろう?って、ぐるぐる考えている状態。

ちょっと整理させて。

1.なんでこんな風になってしまったんだろう?

先に挙げた以上はないのかもしれない。頼れるひとがいなくて(いないと思って)、ひとりで抱え込んでしまった。自由なはずなのに、思考は自由じゃなく、仕事に囚われてしまっていた。なんでも、自分でやらなきゃ!どうにかしなきゃ!絶対にやすめない!って常に緊張していた。

2.どうしたら防げたんだろう?

防げたことはふたつ。1.わたしのメンタル崩壊  2.業務担当者の不在

2-1.去年の時点で、アラートは挙げていた。その時に、アラートではなく退職の意を伝えていたら、自分もこのような状況にはならず、現場も引き継ぎをきちんとして抜けれたのかもしれない。

あと、SESって結局上司も他社の方だから、深く関わりがない。一緒に頑張ろう感はない。つらくても相談しづらかったし、そっちはそっちでどうにかして欲しいと思われている感じが常にあった。一緒に働くひとって大切だよね。毎日8時間以上一緒にいるんだもん。相性の問題かもしれないけどね。雑談とかできなかったもんなあ。そこで追い込まれていった感じもするな。

ああ、書いて気付きました。わたし、自社にも現場にも親身になって相談に乗ってくれるひとがいなかったし、作れなかったんだな。(これ、他の会社にいってもその点どうにかできないとまた同じこと繰り返しそう。SESは難しいかも。課題として心にメモ)

2-2.まったくの不在ではないのだけど。(新人ふたりを残して来てしまったので、それにはかなりの罪悪感がある。)

担当不在でも、他者がどうにかできる仕組みがあればよかった。

社内のシステムを外部委託しているわけだし、これからも色んなひとが関わっていくわけだから、どんな人でも均一にサービスを提供できるように整えたほうが効率的だと思う。これはわたしが来てからナレッジの整備を始めたので、先人がみなさんとても優秀だったのかもしれない。これを見ればどうにかなる!っていうマニュアルやナレッジがあるだけでも、精神的に違うと思うんですよね。結局はプログラムなんで、追えばどうにかなるけれど、膨大な量のプログラムで、解決までの時間は限られているから。ナレッジにない初めてのケースの場合、常に焦っていたなあ。

わたし、この1年弱、常に緊張して焦っていた。

2-1、2-2 改めてこうやって文章におこしてみると、結局、あんたの力不足じゃん。レベルとステージの不一致じゃん。もっとうまく立ち回れるひともいるよって思うんだけども。ああ、悔しいなあ。でも、戻りたくないなあ…!!!

そうなんです。この5日間、何回考えても、迷惑をかけている、とか新人さんを残して来てしまった、やりかけのタスクがある、とか、自分の責任感をこねくり回してみても、

「戻りたくない」

って気持ちだけは、はっきりしていて。「戻る」って考えただけで吐きそうになる。

わたし、仕事すきだったんだけどな。働くことがすきだった。だけど、今回ばかりはすきになれなかったみたい。作業内容も、ひとも。逃げかなあ。

3.何を持って完治と呼べるんだろう?

専門医じゃないから、わからん。以上。

休んでからは症状はでていない。ただ、こうやって現場のこととかを考えると、頭がぼんやり霧がたったみたいになる。考えたくないことなんだろうね。でも、失恋も長い期間ちまちま思い出すよりも、短い期間でたくさん考えたほうが後で引きずらないとか聞くし、この1ヶ月でうんうん思い悩みたい。あとは、今はとにかく一昨年自分でもよく書いていた「心と体を一致させること」を一番大切に過ごしたい。

好きや心地よいことを大切に。嫌悪感を抱くものは、その理由を自分のなかに探って。

すきだー!たのしい!って、また思える仕事をしたい。

しんどさも、それを乗り越えた時の万能感もまた味わえるような仕事をしたい。

 

病院に行った月曜、友人にこんな言葉をかけてもらったんですよね。

「大丈夫じゃない時は、大丈夫じゃないって言っていいんだよ!」って。おっしゃる通りなんだけど「あ、できてなかった」って気付いたの。

「大丈夫だよ」って声をかけてもらう安心感ってあるじゃない。わたしも「大丈夫」って自分に言い聞かせてこの数ヶ月どうにか走ってた。「大丈夫」「大丈夫」って呪文のように繰り返していたら、「大丈夫じゃない!」って言えずにパンクしたみたい。

みなさんも、お気をつけ下さい。暑いし、自律神経乱れがちだし。

 

途中リタイア、申し訳なくて悔しい限りなんだけど、このまま無理して走り続けていたらもっと重症を負っていたかもしれないし、転職したいと思っていた機会が早くやってきただけだ!って、失った未来のタラレバに囚われずにちょっとダラダラしつつ自分にとって気持ちのいいことを探していく所存。不安もあるけど。

変な責任感とプライドでがんじがらめになった感じもあるから、ちょっとそこは意識して抜いていこ。ふー。

 

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最近読んだ本(本を読めるこころの余裕がうれしい)、最近好きな音楽・YouTuberさんなど

蜜蜂と遠雷

蜜蜂と遠雷

 

 


カネコアヤノ『やさしい生活』

 


「 趣味は暮らし。」2018まとめ

 

本日、ソネングラスを買いました。わくわく。