『気分上々』森絵都(角川文庫)
ウエルカムの小部屋
彼女の彼の特別な日 彼の彼女の特別な日
17レボリューション
本物の恋
東の果つるところ
本が失われた日、の翌日
ブレノワール
ヨハネスブルグのマフィア
気分上々
の9つの物語からなる短編集。
「気分上々」って言葉、なんだかよくないですか?
わたしはすきだなあ。
鬱々と過ごすのって、そんなに難しくないと思うんですよ。
ほら、ひとって現状維持を好みがちだし、そのくせ他人の幸せを妬んだりするし。わかりやすく誰から見ても「しあわせになりたーい」って思ってるけど(わたしもだけど)、自分を肯定するために「マウンティング」とかさ。もしくは鬱々としてみせて、「そんなことないよ!」「大丈夫だよ!」って声をかけてもらうのを待っている、みたいな。
もちろん病気の可能性だってあるから、一概に全部そうとはいえないけれど。
つい最近、会社の飲み会で同僚達と、「真夜中に鬱ツイートするひとこそ『3ヶ月記念♡』とかつぶやきがち」とか「いい女BOTリツイートしてる」とか「マウンティングするためにわざと指輪を写しつつスタバの写真あげる」とか、最終的に使いがちなハッシュタグを考えてゲラゲラしていたんですけど(さいてい)、
なんかね、わたし達だってそんなことでゲラゲラしてて、立場的にはまったく変わらないですよ。むしろ、いくら架空の人物像に対してだとしても、こちらのほうがよっぽど性格が悪い!だけど、どっちにしても、そうやって自分に酔うのって楽しいよね?っていう。
新卒当時、嬉しくても悲しくても悔しくても泣いてしまっていたら、当時の上司に「そんなにすぐ泣くのは自分に酔っているからだ!」って言われたなあ〜(遠い目)
当時は、そんなこと言われても!でるもんはでるの!(泣)って思っていたんだけど(同じくよく泣く先輩女史は「これは心の汗です」という迷言を残していた)、
今はちょっぴりわかります。てへへ。上司からしたら、かーなーりめんどくさかっただろうなあ!今度聞こう。(ありがたいことに、今も定期的に会うくらいには仲良くして頂いています。)
なにが言いたいかというと。
結局、どの自分に酔って過ごすのかで、ドラマは変わっていくのかなって。
鬱々と過ごすことだけじゃなくて、気分上々に過ごすのも同じくらい簡単なんじゃないのかなって。
今のわたしは、鬱々とするより、わくわくしたいし うきうきしたいし どきどきだってしたい。どうせ酔うのなら、気分上々の自分に酔っていたいな。
「こんな時間までなにやってたのよ。親にも無断で、まだ中学生のくせにどういうつもり?納得のいく説明をなさい」
仁王立ちで責めたてる母親は、オレに言いわけを禁じながらも説明を要求する。なんていうか、全体的に余裕がないんだな。たしかに、今のこの人に必要なのは無口な親父のもうひとりじゃなくて、家庭に笑いをもたらすボケ役のほうなのかもしれない。
「心配かけてごめんなさい」
天然の父親にはかなわないまでも、オレは精一杯のオレらしさをふりしぼって言った。
「ズッチャンちでとてつもなくエロいDVDを観る予定が、肝心のプレーヤーが壊れて、樋口が機械につよいまたいとこを連れてきて、全身全霊で応援したにもかかわらず、プレーヤーは直りませんでした」
ゲラゲラ。
ちょっと大喜利にも感じる。
ほんと、言い方ひとつでドラマは変わるんだと思います。
「言い方ひとつでドラマは変わる」といえば。
このネタ、ちょう好きなんです。みつけられて嬉しい!
うわあ、な な ね ん ま え !!なんですね。未だになにかと思い出すので、かなり影響を受けているんだなあ。H.A.P.P.Yライフをおくりたいですねー!
「価値ってのは、自分で決めてこそナンボでしょ。自分にとってなにが大事で、なにがくだらないのか、自分以外のだれが決めてくれんのよ」
イヅモちゃん、ありがとう。そうだよね。
今日も、小説の登場人物に背中を押されてしまった。
だから本を読むのはやめられないんだ。