=== memo ===

こつこつ読書感想文📝

2018-09-09に思うこと。

この度の胆振東部地震で被災した方、お見舞い申し上げます。また、犠牲者となった方に心よりお悔やみ申し上げます。

 

かくいうわたしも、地元札幌に帰省していました。こわかったですよね。わたしよりもこわい思いをしているひともいるだろうし、言っちゃいけない気がしていたけど、本当にこわかった。

その前後含めわたしの生活において忘れちゃいけない期間な気がして、こうしてまた久しぶりに書いています。すぐ忘れちゃうから。

 

初めに、ご家族や自分の身のほうが大切でしょうに、当日の朝から交通整備をして下さっていた警察の方や、全戸停電には驚いたけど、夕方には一部といえ復旧してくれたほくでん含め電気設備関係のお仕事の方、他にもお店を開けてくれた方、炊き出しをして下さった方、タクシーを相乗りして下さった方、世のため、北海道のため、隣人のために考えて行動して下さった方に感謝します。

こわかったけれど、そういった場面に出会う度に、ああ、自分も沈んでばかりいられないなという気持ちになれました。

なんでそんなことすんの?!って思っちゃうような嫌〜な奴もいるよね。でも、そんなひとばっかじゃないよね。嫌なひとのほうが目立っちゃうだけ。人類皆善人説で生きたいモンですね。

 

以下は、自分のために箇条書き程度につれづれと。

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8/30

癌が転移していてもう永くない父を見舞うために帰省。

地元に着くと同時に病院に向かい母と共に担当医師の話を聞く。

「緩和ケア」の認識が違っていた。「治療」をするところではなく、近づく死を苦しまず迎えるためのケア。医師曰く父はいつ逝ってしまってもおかしくない状況とのこと。母が何か食事することはできないものかと(くいしんぼ家族)相談すると、ジュースなど舌で少し味わえる程度のものなら、と許可を頂く。

会話もできなくなっていると母に聞いていた。しかし、父に「コーラとアイスどっちがいい?」と聞くと「コーラ」とふりしぼったような声で教えてくれた。

看護師さんに手伝って頂き、コーラを染み込ませたスポンジを舌につけた。味はしたのだろうか、感想などはわからないし、もっと早くできていれば父の楽しみも増えたのだろうか、と後悔ばかり浮かぶ。

母の意見によりその日から病院の別室に泊まらせて頂くことにする。

準備を何もしていなかったため、母に残ってもらいわたしだけ荷物を取りにいった。お弁当屋さんで夜ごはんも買った。

病院に向かうバスを待っていると、母からタクシーで来るように連絡が来た。

「息が急に止まった。」と。

タクシーで向かった時には、もう父は息をしていなかった。高熱がずっと続いていた為熱かった体温も生温くなっていた。

あの時、荷物を取りに行かなければよかったのだろうか。ただ、母が立ち会えたことと、わたしがその日いたことはタイミングは良かったというか、看護師さん初め色々な方に「待っていたんだね。」と声をかけて頂いたが、本当にそうだったのかもしれない。

母が後で言っていたのは、前日に叔母が父に「お兄さん、今までよく頑張ってくれましたね。もう無理はしないでもいいんですよ。」というような声かけを行ったそうだ。もしかしたら、張っていた気持ちが緩んだのかもしれない。

全て残ったひとたちの想像だけれども。

葬儀の準備は事前にしてあった。当直医に死亡診断書を書いて頂いて、看護師さんに体をきれいにして頂いている間に買ったお弁当を食べた。

食べることは生きること。

今年ハマっていたドラマ「アンナチュラル」で解剖医のミコトが仕事前にカツ丼をよく食べていたのを思い出した。お弁当を食べていいものか迷っていたら、母が「生きているひとはまだやらなきゃいけないことがあるから、活力つけないとね。」と言った。揚げ物ばかりのお弁当は半分食べたら満腹になった。

最期のほう父は食事ができず最低限の栄養をチューブで体に送りこんでいた。医師に体の負担になるからと次の日からはもっと量を減らすと言われていた。

悲しいけれど、さみしいけれど、食事を楽しめるのは健康で元気なひとだけなのだと思った。

 

一通り病院での手続きが終わり、葬儀屋さんに迎えに来て貰った。

湯灌師・納棺師という職業があることを知った。母方の叔父・叔母が駆けつけてくれた。

 

8/31

お通夜。急だし家族だけでも仕方ないよね、と話していたが遠方の親戚(父の兄妹)も来てくれた。お線香の匂いに酔ってしまい朝から気分が悪かったが、薬を貰い少し寝て復活。父はお棺に入った姿をみた女性陣に「やっぱり美男子ね〜」と言われ、母が「一目惚れしたくらいですから」返していた。パパ、よかったね。

 

お通夜後、食事中に叔父叔母のお孫ちゃん達が来た。

よくわかっていなかっただろうけど、一方は「ありがとう〜」を上手に使う品の良いおっとりした兄妹、一方は天真爛漫・元気な兄弟で場が和んだ。

 

9/1

火葬。少人数だろうしと告別式は行わなかった。待っている間父の兄妹に「父はどんな子供でしたか?」と聞いた。父は寡黙だった。わたしは父の口から子供時代のことなんて聞いたことが全然なかった。

「冬は毎年かまくらつくっていたよ」叔母(父の妹)が教えてくれた。

わたしも子供の頃毎年作ってもらっていた。家の前の公園に、立派なかまくら。窓をつけたり、テーブルをおいたり。一度、ゆきだるま型にしようとして失敗した。自分の子供のころ得意だったことをわたしにもくれていたんだと胸が熱くなった。母の弟(叔父)にも母の子供の頃のエピソードを聞けたり、個人的にこの数日間は兄弟からみた両親の人となりを知れたよい期間だった。

 

9/2~9/5

9/2に関東に戻る予定を忌引きで延長し、父が亡くなった手続きをしたり、友人に会ったり。手続きは、同じ区役所内で色々な部署をぐるぐると。年金事務所にも行かなきゃ行けず2日がかりで母と回った。1個ですまないものかね〜と何度も思う面倒さ。ひとが亡くなったのだから、サクッと終わっちゃいかんのかな。生活の重みなのかな。いやあ、でも、なんだかねと思ってしまうよ。地震の前に一通り終えられて良かった。漏れがないか心配。

 

9/6 AM3:00頃

深夜にグラっと来た時寝惚けた頭で(震度3くらいかな…)と思った途端、ドン!と突き上げるような大きい振動が来た。思わず「ひゃー!」と声が出た。

少し揺れが収まった時に飛び起きて母の部屋が近いリビングに向かった。無事。父のお骨を抱えようとした時に女性の声が聞こえた。わたしも母も混乱していたため「隣の家かな?」と話していたが、よく耳をすませるとラジオの音。防災用のラジオの電源が自動についていたのだ。停電で暗い中手探りでラジオを探し、玄関に移動。玄関に一通りの防災グッズが揃っていたため、ランタンを出しラジオを聞きながら外が明るくなるまで玄関で過ごした。

(今回のような防災用のラジオとか、停電時に自動でつく持ち出しできる明かりはあった方が不安が軽減されるかも。教訓。)

停電の為テレビが見れない。ラジオでは被害が大きい地域があると言っている。SNSもそう。当たり前だけど、被害がないことは報道されないから何を見ても不安が募るばかりだった。

午前中に飛行機を取っていたが、もちろん欠航。だめだったらまた伸ばせばいいだけだと考え次の日の夕方に振り替えた。

 

家の隣がコンビニのため、ひとがいる気配を感じて行ってみる。

外に出ると、大きい道路では信号機が消えているため警察官が立っている。車の数も多い。みんな自宅待機じゃないんだな、とぼんやり思った。

コンビニの中は、電気がつかない為薄暗い中レジまでずらっと見たことがないような行列。全員かごいっぱいに水や食料を入れていた。お弁当・おにぎり・パン・カップ麺など手軽に食べられるものはもう無かった。

家には葬儀時に親戚にお土産として貰ったものなど食料はたくさんあった。電気がつかないだけで、水とガスも使えたし。本震が来たらどうしようというこわさはあったが、にゅうめんを茹でて前日の残りの帆立を出汁代わりに入れて食べた。

このまま停電が数日つづくとまずいのは電池の消耗だった。

ラジオやランタンなどの機器は全て電池。しかも単3ばかり。単3の予備が2〜3本だったので、14時頃から近所の空いてそうなコンビニやスーパーへ歩いていった。(携帯のバッテリーは、わたしが容量の大きい物を持っていた&前日にフル充電していた)

同じようなひとがたくさんいた。自転車などで数か所回ったんだろう。

回ったお店は全て「バッテリー・電池は完売です」と張り紙があった。全戸停電だもん、みんな考えることは一緒だよね。

家の中だと電波が全然繋がらなかった携帯電話も外だとよく繋がった。恋人が便乗して休みを取っていたので電話してみた。まめに連絡していたし、その時は繋がらなかったけど。被災していない地域に知り合いがいると、調べ物とかして貰う時に助かった。

 

暗くなる前に帰宅し、いつもより早めの夜ごはんを食べた。

冷凍のごはんに水を足して蒸したごはんの炒飯。炒飯というより雑炊より。ひじき、じゃこ、ごま、卵、枝豆。あと、お味噌汁。

母が去年のハロウィンの時に買ったというかぼちゃのランタンを出してきた。単4電池使用だし、と。まぬけなランタン。ばかにして笑って、ランタンのお陰でこれからくる停電の夜が少し明るくなった気がした。暗いし、ごはんも済ませたし、ラジオを聞くくらいしかすることがなかった。「星がきれいに見えるかもね。」なんて話していた。

発火を防ぐ為に全てブレーカーを落としていたから気付くのが遅くなかったが、隣のコンビニの看板がつき停電から復旧したことに気付いた。

電気がつき、テレビをつけた時の安心感ったら。思わず供物のジュースで乾杯した。パパ、ごめん。

テレビから被害の大きい地域の映像が流れる。現実味が増してくる。

その日はラジオと照明の小玉をつけっぱなしにしてリビングに家族で並んで寝た。

 

9/7 

飛行機は午後から飛ぶらしい。JRも午後から動くらしい。母のことは心配だったが「帰れそうなら帰っておいたほうがいい」という結論になった。

15時半の飛行機。念のためタクシーで向かおうと10時に最寄駅のタクシー乗り場にひとり向かった。1時間待っても数組しか進まない。

同じように空港に向かおうとしているひと、バスも動いていないため買い物袋を抱えたひと、足腰の悪いひと、色々なひとがタクシーを待っていた。ひとりになったからかもしれないが、被災後、その時が一番不安だった。泣きそうだった。少し吐き出して落ち着こうと思ってツイッターに書いた。(あとで、他の被災者の方々が前向きで恥ずかしくなって消したんだけど。)

運良く11時半頃空港に行く人に相乗りさせて貰ってタクシーに乗れた。

一緒に乗ったひとのご実家はまだ電気が復旧していないようだった。もうひとりの大学生は諦めきれずに以前から予定していた旅行を決行するらしい。タクシーの中は賑やかだった。初対面なのに。こんな時なのに。こんな時だから、同じ経験を全員したからなのか。

 

空港は混雑していた。椅子も空いておらず床に座っているひとばかりだった。案の定、お店は何も空いていない。買えるものは自動販売機のジュースしかなかった。

母に到着の電話して、床に座って母がにぎってくれたおにぎりを食べた。鮭と昆布入り。形の悪いおにぎり。隣に座っていた人が電話で電話越しのひとに、レンタカーとタクシーを乗り継いでどうにか空港に来たこと、どのお店も食べ物がなく昨日の夕方にカップ麺を食べたきりだということを話していた。旅行で来たのだろうか、もう北海道に来たくないと思われるのは嫌だな、と思い持っていたチーズをあげた。会話の内容が聞こえたのと、隣になったご縁だと。そのひとはチーズをもりもりすごい勢いで食べ終えた。知床に行って来たらしい。もっと何か食べ物を持っていたらよかったのだけど。

飛行機に乗って空港につくまでずっと不安だった。隣の席の外国人カップルはずっと手を繋いでいた。

帰省するまではしんどかった暑さも湿度も着いたら懐かしかった。電車が動いていることが嬉しかった。ひさしぶりの我が家では、恋人が世話してくれた植物たちが青々としていた。

恋人が帰ってくるまで1時間くらいあった。炊飯器で白いごはん(普段は玄米ミックスなんだけど)を炊いた。日常に戻りたかった。

 

まだ2日しか経っていないけれど、

NHKのニュースばかりみてしまうし、防災速報で地震の通知が来る度に震度を確認してしまうし、防災グッズのチェックばかりしている。

取り残されているのはどうやらわたしだけみたいで、北海道にいる母や友人からはほとんど日常に戻ったよ、と連絡が来た。

これ以上何もなく普通の毎日がつづきますように。

 

さて。明日から、仕事に復帰します。ぎゅっと濃いお休みだったなあ。

ダーっと勢いだけで書き上げてしまいました。おやすみなさい。

 

2018-06-10に思うこと。

ひとつ増やすと、ひとつ減り。

恋人ができ、ふたり分のご飯を毎日作るようになると、読書感想文を書かなくなった。

そんな最近。

ただ、ここに書くことはわたしにとっての整理整頓で気分のよいことだったので、心の片隅にはずーっとあって。

梅雨入りし、お出かけもする気分じゃなく、恋人は部屋で植物の植え替えをしているので書いてみることにした。

 

ひさしぶり。

 

ほんと数分前にこの記事を読んでいて、自分のことを言語化できることの大切さ、

そして、この言葉に感銘を受けたのも理由かな。

 

「やったことのない道を選んでみます。」

 

選択肢を持っているのは、いつだって、他人じゃなくて自分自信だ。

そんな、子供のころは希望のように思っていた事実。

soar-world.com

 

過去には戻れないとわかりつつ、もし戻れるのならしたいことがある。

それは、もし自分に子供ができたら、勧めたいことだ。

ひとつめは、高校生のうちからアルバイトなりをして自分と違う環境で育った人や年上のひとと出会うこと。

ふたつめは、親元を離れて関東の大学に進学すること。

勧めたいけれど、それを叶える前提は、「勧められたから」ではなく「自分がそうしたいから」。

 

実際にそうしていたら、今の人生がどうなっていたかは分からないし、きっとまた違うことを勧めたくなっているのかもしれない。

高校生の時は、アルバイトを反対され、関東への進学も反対され、なんとなく自分が入れる大学を選んだから、今、東京で働いているのかもしれない。

あのころは、なぜか親の意見が絶対で、「反対されたら、どうしようもない」そう思い込んでいた。プレゼンできる自分がいなかった。

 

まりぶ「どうやって大学選んだの?」

坂間「入れそうなとこ。」

まりぶ「うん?会社は?」

坂間「内定もらえそうなとこ。」

まりぶ「すげえな!すげえな!入れそうな大学入って、入れそうな会社入って、辞めずに続いてんだよ。スゴくね?ごめんな!気分悪くしたんなら謝る、ごめん!マジで感心してんだよ!
だってさ、ゲームで言ったら、レベルアップしないで、何回も何回も同じこと繰り返してるわけじゃん。余裕でクリアできるステージを。
無理だわー、無いわー、その才能。」

 

「ゆとりですがなにか」の名言。

これを見たときが丁度プロジェクトの切れ目で、「次はどんなプロジェクトに参加したいのかなー」なんて考えていたときだった。

「今の自分のままで、役に立てるところがいいな」って「余裕でクリアできるステージ」ばかり目にいっていたんですよね。そこで、はっとした。

ああ、あの頃の自分と同じだ、と。

入れる大学を選んだ自分のまま何も変わってなかった。

選ばせて貰えるだけ幸せで、与えられた仕事を必死に頑張っていたから成功したなんて話も聞くけど、その人はそうで、常にわたしはわたしでしかない。わたし以外にはなれない。

このタイミングで「役に立てる」+「ちょっとだけ背伸びした選択」の間で受けてみてもいいかな。もちろんレベルあげして「クリアする」つもりで。

なんだか急にそう思えた。

 

そして、その環境に置かれたら、なんだかんだやれるちゃうものなんだよね。

少し背伸びした環境だけど、大切にしている・忘れないでいたいのは「正直でいること」。

うそはつかない。見栄ははらない。自分の頭と心の距離を近く。わからないこと・できないことは、すぐに調べて理解する・できるようになる努力をする。(これは職業的にそうできやすいっていうのもあるけど。エンジニアは調べて勉強さえすればカバーできる点が多くある。)

なんだか、今そう思えていてよかったな、と思うので書いています。

自分の頭の中で整理できなきゃ養分にできない気がしているんですよね。

iPhoneでいう64GBと256GBだったら、間違いなくわたしは前者で。たまに自分から出してバックアップ取っていかないと動きが重くなる、みたいな。

ちょっと未来のわたしのために。

たまに読み返して、ここでこんなバックアップ取っていたんだなって思い出すために。

 

www.youtube.com

 

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他、つれづれなるままに。

 

1年前は、「ひとり楽しーい!」「恋人がいる日々なんて想像できない!」なんて思っていたのに、恋人がいる日々もたのしいものよ。

違う人間がふたりいると、観点が倍になる。

恋人は、ザ・理系で合理的(っていうと、人を型に当てはめるのはどうかとか言われそう)。感情論はまったく役に立たなく、腹が立つときもある。

たまに思い出したように節目で買ってきてくれるお花とか、どちらかといえば無口なのに伝えてくれた言葉だとか、毎週末一緒に出かけた思い出だとか、まだ半年くらいのものだけど、うれしいこと・楽しいこともそれ以上にある。

 

またちょっと変えたい未来の話をすると、

仕事から帰宅して、ふたり分のごはんを作り終えると1日に満足しちゃうこと。

恋人から「おいしい」って聞けたら、「1日やりきったー!」ってなるんだよね。

変化になれたら、またちょっとずつ自分に課金(お金じゃなく知識や技術的な面で)していかなきゃ。

容量が少ないから、一度でガラッと変われない分少しずつUPDATEを繰り返していきたいな。ふたりで過ごしていく日々にも、それは大切なことな気がしている。お互いに。

やったことのない道を選んでみても、応援してくれそうだし。

 

「一緒にいたいから、一緒にいる」

シンプルだけど、そうでありたいな、と。

 

さ、ごはんつくろっと。

 

『盲目的な恋と友情』辻村深月(新潮社)

気付いたら3月も中旬でした。

 

なかなかひとりの時間って作れないんだけど、ご結婚されている方とかパートナーと一緒に住んでいる方って皆さんどうされているんでしょう。

誰かと過ごしているだけで、時間ってあっという間に過ぎますね?

仕事して、帰宅して、ご飯食べて、話したり、映画観たり。

楽しいんだけどね。

だけど、自分とふたりきりで(ひとりきり、か。)こうやって過ごせる時間の貴重さを思う最近です。

 

「盲目的な恋と友情」

盲目的

[形動]愛情や情熱・衝動などによって、理性的な判断ができないさま。 

 

あるよねえ。なんなのだろうね。

ホルモンバランスとかで片付けられるんだろうか。

白状しますと、つい最近、たった1日恋人と顔を合わせれなかっただけで「さみしい!!!!!」となった日がありまして。

冷静になってみると、自分自身に、なぜ?はて?だし、正直、全然寂しがる理由がなかったし(たった1日だよ)、その夜、話し合ったときにはケロッとしていて、ごめん!って感じだったのだけど(迷惑)、その数日後にレディースデーに突入致しまして・・・・

もしや、あれってPMSだったのでは・・・・

というこわい話。

 

いや、こわくはないですね。

わたしも、生き物だな〜と。なんだかすごく動物的だなって思ったの。

メンタル安定している気でいたけど、ちょこっとホルモンバランスくずすとそんなことも起こるんだな〜と。

来月もそうなったら、ほら、やっぱりね!と面白がりたい。

 

盲目的な恋と友情 (新潮文庫)

盲目的な恋と友情 (新潮文庫)

 

「私にもみんなにも反対されているのに茂美さんに執着してるのは、蘭花ちゃんが優しいからでも、茂美さんにいいようにされているからでもないよ。蘭花ちゃん自身の欲のせいだよ。好きだから言うけど、『好き』って気持ちはそんな、何もかもより一番偉いの?それは、蘭花ちゃん自身の快楽と欲だよ。それが周りを苦しめてるんだよ。わかるよね?」

 

一ノ瀬蘭花とその恋人・茂美星近の恋と転落と衝撃的な終焉を、蘭花と友人・留利絵目線で描かれた話。

 

恋って、相手に溺れること、だけじゃなくって、自分自身に酔っている状態なんじゃないかなあ、なんて。

 

何人と付き合ったか、が話題になることはあっても、何人の友達がいるか、そのうちの何人から真に心を開かれ、わかり合えているかが語られることはない。

恋はいつ終わるとも知れない軽いものなのに、長く、ずっとつづく友情の方は、話題になることが、ない。